北海道日本ハムファイターズで2年目のシーズンを迎える山縣秀選手。
「道民の孫」「エフたんに似ている」といった親しみやすいイメージが先行しがちですが、実はその背景には、東京で育ち、早稲田大学で野球と向き合い続けた濃い時間があります。
この記事では「山縣秀選手の原点は?早稲田大学で磨かれた力と、ドラフト後に見せた2025年の成長物語」と題して、
という流れで、山縣秀選手の“成長ストーリー”を追っていきます。
山縣秀選手のプロフィール
がたしゅーのストリートピアノ#lovefighters #FFES2025 pic.twitter.com/haRV6yeydS
— りんご (@ringongon8139) November 22, 2025
2024年のプロ野球ドラフト会議で、北海道日本ハムファイターズから5位指名を受けて入団した山縣秀選手。
小学2年生から大学2年まで10年以上のピアノ歴をもち、ドラフト指名時には「リアル殿馬」と話題になりましたね。
2025年のファンイベントでも見事な腕前を披露しました。

山縣秀選手の原点は?
新庄監督が見守る中で行われたホームランダービー?
— 😎🤙ビットボス(えっビッグボス?でテレビ・新聞に出た人)ファイターズ春季キャンプ&WBC全戦完走 (@bitboss6009) February 2, 2026
段違いで盛り上がりを見せた男で締めくくります
↓
山縣秀の1本
新庄監督、遠目からでもわかる大喜び
そして…
ガタシューってこんなに吠える人なんだ😲#lovefighters https://t.co/KhtuQuCIa8 pic.twitter.com/veDNR4XLLd
山縣秀選手は野球エリート街道というより、堅実にステップを積み重ねてきました。
東京という競争の激しい環境の中で、「目立つ才能」よりも「当たり前のプレーを当たり前にやる力」を磨いてきたことが、後の評価につながっていきます。
派手さはないけれど、
こうした土台は、学生時代から一貫していたと言われています。
山縣秀選手が早稲田大学で磨いた力
早稲田のショート山縣秀の美技炸裂!! pic.twitter.com/xruoBliCZk
— サルノリ (@98BB_dragons) August 31, 2024
山縣秀選手の成長を語るうえで欠かせないのが、早稲田大学での4年間です。
東京六大学野球という伝統と注目度の高いリーグで、山縣選手は「主役」ではなく、信頼される存在として評価を積み重ねていきました。
早稲田時代に身につけたのは、
この経験があったからこそ、ドラフトで名前が呼ばれたときも「素材型」ではなく「計算できる選手」として見られていたのです。
春の六大学野球では、打撃ベストテン4位に君臨し、遊撃手部門でベストナインに選ばれていることからも「派手さ」より「堅実さ」が持ち味と言えるでしょう。

同じ学年にいる宗山塁遊撃手とは違う魅力があるね。



早稲田大学の小宮山監督は「フィールディングなら、どこへ出しても恥ずかしくない」と語っているわ。(NunberWebより)
\新世代守備職人の称号をがたしゅうユニに!/
山縣秀選手がドラフト後に見せた2025年の成長
ドラフトを経て、山縣秀選手が飛び込んだのが北海道日本ハムファイターズ。
東京育ちの選手が、北海道の球団を選んだ――
このギャップも、物語として面白いポイントですが山縣秀選手はエスコンフィールドに興味があったようですよ。。
「エスコンフィールドHOKKAIDOで行われた東京六大学野球のオールスターゲーム(2024年9月)に参加し、『この球場でプレイ出来たら……』と思っていたので、本当に嬉しかったです」
デイリー新潮より
入団後は、
こうした部分が評価され、着実にプロの環境へ順応していきます。
派手なアピールはなくても、「気づいたらベンチにいる」「必要な場面で名前が挙がる」そんな存在感を放つようになっていきました。
そして迎えた2025年シーズン。
山縣秀選手は、少しずつではありますが、確実にプロの舞台での経験値を積み上げていきます。
試合出場の場面では、
が印象的で、「大崩れしない安心感」が光りました。



数字以上に評価されているのは、“与えられた役割を理解していること”だね。



シーズン序盤で、バントを失敗して悔し涙を見せたけど、シーズン後半の難しい場面で送りバントを決めたシーンは印象的だったわ。
だからこそ、「まだ伸びしろがある」「使い方次第で化ける」という声が、ファンや首脳陣からも聞こえてくるのでしょう。
山縣秀選手の原点は?早稲田大学で磨かれた力と、ドラフト後に見せた2025年の成長物語 まとめ
以上「山縣秀選手の原点は?早稲田大学で磨かれた力と、ドラフト後に見せた2025年の成長物語」と題して、日本ハムファイターズの山縣秀選手の原点や早稲田大学時代の努力、ドラフト後の成長についてお伝えしました。
山縣秀選手の歩みを振り返ると、
- 山縣秀選手は、原点である東京で基礎を固め
- 早稲田大学で野球観を磨き
- 日本ハムでプロとして、“チームの顔となるべく”成長を続けていく
そんなストーリーが見えてきます。
派手なスターではない。
でも、気づいたら応援しているタイプ。
2026年、その第二章が始まります。
これから先、「道民の孫」と呼ばれる理由が、プレーでも語られるようになるかもしれません。







